「怒涛」の1ヶ月
2026/06/20
覚悟していた事ですが、5月末日に故郷の山形にいる母が亡くなりました。享年90歳の大往生でした。

ゴールデンウィークに帰省した時、介護施設に入所中の母は「元気!元気!」と言っていたので安心して帰京しましたが、急に食事が細くなり大事を取って入院したら、わずか半月で逝ってしまいました。入院後の精密検査で肝臓がんが発見され、既に膵臓・肺・リンパ節に転移しており肺炎を併発しているとの事でした。もはや治療の術が無く「死」を待つ状態と医師に告知されました。

母の入院時や、その後の病状の良し悪しの起伏が多く、その都度毎に介護施設や病院から呼び出されるので、5月・6月間に極限状態で仕事を回しながら埼玉・山形間を車で5往復もしました。私と関係の有る皆様に助けられながら、何とか喪主の務めを果たすことができ、今はようやく一息つけるようになりました。

死亡してから3時間以内に病院から退去しなければならず、電話1本から何から何までサポートしてくれる葬儀社には頭が下がります。5年以上も実家は「空家」だったので、自宅での通夜等は不可能であり、病院から自宅経由で葬儀社の通夜会場に母の遺体を入れました。(電話から1時間以内の迅速な移動でした)

私は15年前にも亡父の喪主を経験しましたが、コロナ禍以降に葬儀の趣向も変わり「家族葬」が主流となったそうです。しかし、これにも地域の慣習や風習をアレンジしなければならす、手探りでのセレモニー形式を模索しなければなりませんでした。(15年前とは全然変わりました)
遺体の維持にドライアイスが必要かと思ってましたが、ドライアイスの人身事故(有毒ガス)以降には、特殊な機械による冷気保持が一般的となり、火葬までの遺体保存費を含む通夜会場使用料は1時間あたり2980円でした。母の場合は「友引」で葬儀を1日遅らせ6月3日に火葬と葬儀を行いました。

6月7日に近親者(兄弟姉妹・子供・孫)のみで実家で「初七日法要」を行い、そのまま墓地へ移動して「納骨」を行いました。尚、その前の6月4日~5日に、介護施設の退所・年金・介護保険等の公的手続きを行いました。

仕事も困窮していたために、私たち家族も6月8日にさいたま市の自宅へ戻り、仕事に復帰しながら諸々の母の手続きの準備を行い、私が6月16日~18日に再度帰省して、各種(分割協議書作成・金融機関・不動産相続登記等)の私的な相続手続きを完了させました。

次は「四十九日法要」を執り行うために、会食場所を予約して出席予想者へご案内状を送付致しました。「百か日法要」は子供と孫のみで菩提寺で行うつもりですが、一周忌法要と三回忌法要そして七回忌法要までは、親戚縁者まで呼ぼうと思っています。

人間はいつ死ぬかはわからず、私が亡母の七回忌法要まで存命なのかも保証できませんが、喪主の務めは死亡するまで続き、亡きあとは子孫が引き継いで行くことでしょう。近年、子孫が途絶え断絶する家も珍しくありません。三十三回忌の「弔い上げ」をしてもらえるご先祖様は、本当に稀なのかもしれません。
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